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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)196号 判決 1992年6月30日

神奈川県厚木市長谷三九八番地

参加人

株式会社半導体エネルギー研究所

右代表者代表取締役

山崎舜平

右訴訟代理人弁理士

鴨田朝雄

西森浩司

東京都世田谷区北烏山七丁目二一番二一号

脱退原告

山崎舜平

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 麻生渡

右指定代理人

平沢伸幸

魚住髙博

酒井美知子

田辺秀三

左村義弘

主文

参加人の請求を棄却する。

訴訟費用は参加人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  参加人

「特許庁が昭和五八年審判第三二〇二号事件について平成元年一月一〇日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

脱退原告は、「半導体装置作製方法」と称する発明(昭和五八年三月二二日付け手続補正書により名称を「光電変換半導体装置作製方法」と変更)につき、昭和五三年一二月一〇日にした特許出願(特願昭五三-一五二八八七号)を、同五六年四月一五日、特許法四四条一項により分割出願したところ、同五七年一二月一四日、拒絶査定を受けたため、同五八年二月二二日、審判請求をした。特許庁は、右請求を同年審判第三二〇二号事件として審理した結果、平成元年一月一〇日、右請求は成り立たない、とする審決をした。

なお、参加人は、平成二年四月二五日、本願発明に係る特許を受ける権利を脱退原告から譲り受け、同年四月二八日付けで特許出願人名義変更届をした。

二  本願発明の要旨

「P型、I型又はN型の導電型を有する半導体であって、水素又は塩素を含有するSi1-xCx(0≦X<1)を基板上に多層積層し光電変換半導体装置を作製する方法において、a 基板の移送方向に従って基板の取入口、少なくとも二つ以上の反応室および基板の取出口を有し、b 前記各室には真空排気手段が別個に設けられ、かつ各室には基板の通過時には開き、基板上に半導体層を形成中は閉じている開閉手段が設けられて隣接反応室よりの反応性気体の混入が防止され、c 前記各反応室には反応性気体、導電型を決定する不純物の導入手段および該反応性気体を励起する為の誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段がそれぞれ別個に設けられ、前記a、b、cを備えた装置において、第一の反応室で基板上にXの値で定められたエネルギーバンド巾を有する水素又は塩素を含有するSi1-xCx(0≦X<1)なる第一の半導体層を形成する工程と、該半導体層が形成された基板を第二の反応室に開閉手段を介して移動させる工程と、第二の反応室でXの値で定められた前記第一の半導体層とは異なるエネルギーバンド巾を有する又は前記第一の半導体層と異なる導電型を有する水素又は塩素を含有するSi1-xCx(0≦X<1)なる第二の半導体層を第一の半導体層上に形成する工程を少なくとも有することを特徴とする光電変換半導体装置作製方法。」(別紙図面(一)参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨

前項記載のとおりである。

2  引用例

引用例一(特公昭五三-三七七一八号公報、昭和五三年一〇月一一日出願公告)には、一つの真空室32(反応系)に、第三の出口48に接続されるガス供給系(反応ガス供給系)、第二の出口46に接続されるメカニカルポンプ、第一の出口44に接続される拡散ポンプ(真空排気系)、加熱板38(加熱手段)、グロー放電用電源42(反応ガス活性化用電気エネルギー供給手段)を備えたグロー放電装置30を使用して、グロー放電を生じる反応ガスを置換することにより、〇・一~〇・三トール程度の減圧状態に保持された真空室に置かれた基板12上に、異種導電型の「非単結晶」に属する非晶質シリコン半導体層を順次積層して、接合を有する半導体装置(別紙図面(二)参照)を作製することが記載され、引用例二(米国特許第四一〇九二七一号明細書、昭和五三年一一月一六日特許庁資料館受入)には、一つの真空室32(反応室)に第三出口48に接続されるガス供給系(反応ガス導入系)、第二出口46に接続されるメカニカルポンプ、第一出口44に接続される拡散ポンプ(真空排気系)、加熱板38(加熱手段)、グロー放電用電源42(反応ガス活性化用電気エネルギー供給手段)を備えたグロー放電装置30を使用し、グロー放電を生じる反応ガスを置換することにより、〇・一~一・〇トール程度の減圧状態に保持された真空室に置かれた基板11上に、水素が添加された異種導電型、異種の構成元素からなる「非単結晶」に属する非晶質シリコン、非晶質シリコンカーバイド半導体層を順次積層した接合を有する半導体装置(別紙図面(三)参照)を作製することが記載され、引用例三(実開昭五三-一四九〇四九号公報、昭和五三年一一月二四日出願公開)及び引用例四(実願昭五二-五四一七六号の願書に最初に添付された明細書及び図面を撮影し、昭和五三年一一月二四日特許庁によって発行されたマイクロフィルムの写し)には、試料に真空蒸着、イオンスパッタリングなどの表面処理を施すに際し、異なった表面処理を生産性よく行うために、異なった表面処理を行うための複数の真空装置を連設し、その前後に、試料搬入室と処理済試料の搬出室となる真空チャンバーを設け、全ての真空装置、真空チャンバー内を貫通してその床上にレールを敷設し、右レール上を移動する試料積載用台車を設け、これら真空装置、真空チャンバーの間を、試料積載用台車が通過しないときに、相互に気密に隔離することができる開閉自在の仕切弁によって仕切り、異なった真空蒸着、イオンスパッタリング等の表面処理を連続的に行うこと(別紙図面(四)参照)が記載されている。

3  本願発明と引用発明一、二との対比

(一) 一致点

両者は、真空に排気する手段、反応性気体と導電型を決定する不純物を導入する手段、反応室を励起するための誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段を設けた装置によって、P型又はN型の導電型を有する水素を含有するSiからなる第一の半導体層(Si1-xCxのX=0の場合は引用例一、二)を形成する工程と、Xの値で定まる第一の半導体層と異なるエネルギーバンド巾を有し、第一の導電型と異なる導電型を有する水素を含有するSi1-xCx(0<X<1)なる第二の半導体層を第一の半導体層上に形成する工程を少なくとも有する光電変換半導体装置作製方法である点

(二) 相違点

本願発明は、基板の移送方向に従って基板の取入室、少なくとも二つ以上の反応室及び基板の取出口を有し、各室には基板の通過時には開き、基板上に半導体層を形成している間は閉じる開閉手段によって隣接反応室よりの反応性気体の混入が防止される装置を使用し、右の連続して配置された反応室のそれぞれには、真空排気手段、反応性気体、導電型を決定する不純物の導入手段及び反応性気体を励起するための誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段が設けられているのに対し、引用発明一及び二は、真空排気手段、反応性気体、導電型を決定する不純物の導入手段及び反応性気体を励起するための誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段が設けられている装置を使用し、反応ガスや導電型を決定する不純物を順次置換することによって、所望の多層半導体層を積層する点

4  相違点についての判断

引用例三及び四によれば、真空蒸着、イオンスパッタリング等の技術分野においては、既に本願出願前において、基板の移送方向に沿って、順次、基板の仕入室、少なくとも二つの反応室と基板取出室を隣接させて配置し、右各空間には基板及び基板ホルダーを通過させるための開口部と、右開口部をふさぎ各室を個々の部屋に仕切り、半導体作製用反応物質の相互の混入を防ぐためのゲート弁を設けた表面処理装置によって、異なる被膜を連続的に積層形成する技術が本願出願前に公知である。本願発明のプラズマ気相反応は、引用例三及び四に記載された真空蒸着及びイオンスパッタリング等と同様に、被膜作製のための慣用技術であるから、基板の移送方向に従って基板の取入室、少なくとも二つ以上の反応室及び基板の取出室を設け、右連続配置された反応室中に基板を通して、それぞれの反応室内で、隣接反応室間を遮断した状態で固有の被膜の作製を行い、連続的に所望の半導体層を積層して作製することは、当業者が容易に想到し得るところと認められる。そして、この場合に、各反応室に反応性気体、導電型を決定する不純物の導入手段及び反応性気体を励起するための誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段を設けることは、隣接する反応室を遮断した状態で反応するものである以上当然のことと認められる。

また、本願発明の全構成によって生ずる明細書に記載された効果をみても、当業者の予測の域を超えるものがあるとは認められない。

5  したがって、本願発明は、各引用例に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法二九条二項により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の理由の要点1ないし3は認めるが、4、5は争う。審決は、以下に述べるように、相違点、殊に本願発明において各反応室に独立して設けられた真空排気手段の技術的意義を看過するなどしてその判断を誤り、ひいては本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

審決は、引用例一及び二に同三及び四を組み合わせれば、本願発明の構成、すなわち、基板の取入室、少なくとも二つ以上の反応室及び基板の取出室を設け、右連続配置された反応室中に基板を通して、それぞれの反応室内で、隣接反応室間を遮断した状態で固有の被膜の作成を行い、連続的に所望の半導体層を積層して作製することは、当業者が容易に想到し得るとする。しかしながら、右認定判断は誤っている。

本願発明は、半導体装置の作製方法における不純物の混入ないし汚染の防止を技術課題とするものである。

ところで、不純物の混入には、<1> 作製される膜中に周囲雰囲気から入る空気等の物質、<2> 膜を積層するときに、層と層の間に介在する酸化物、<3> 積層するときに、次の層に混入した初めの層の構成物質、の三形態がある。太陽電池のような半導体装置では、右すべての形態の不純物の汚染を防止しなければ、高効率化が得られない。この中で、特に前記<3>による汚染の問題は、プラズマに起因して発生するのであり、精密な不純物制御が必要であるところ、本願発明において初めて重要課題として認識され、かつ克服されたものである。本願発明による半導体装置作製方法においては、プラズマ気相反応による半導体作製工程における精密な不純物制御、具体的には、主たる成分がSi1-xCxである半導体装置の作製において、エネルギーバンド巾を決めるXの値や、導電型を決める成分元素を変えるに際し、反応室壁から発生した反応性気体や隣接反応室よりの反応性気体の当該変化部分への混入を防止することは、プラズマCVD法(CVD法はchemical vapor depositionの略であり、プラズマCVD法はCVD法の一種であり、「プラズマ気相法」ないし「プラズマ気相成長法」ともいう。)固有の特性に関するもので、この点は、本願明細書においても、本願発明の独自の目的として、「各半導体層に不必要な不純物の混入を防止し、信頼性の向上のみならず特性向上をも計ることを目的としている」(甲第二号証の二、三頁三行ないし五行)と明記されているのであるから、本願発明の特許請求の範囲に記載の方法により、不純物の混入を防止するとともに連続成膜による多量生産を可能とする点は、新規な発明要素として認あられるべきである。

被告は、本願発明の汚染防止手段は新規なものではないと主張するが、かかる見解は、本願発明の特質を誤認しているものというべきである。すなわち、本願発明の特質は、その開閉手段や真空排気手段の機構にあるのではなく、太陽電池のような半導体装置の作製方法において、当業者が容易に想到し得なかった不純物の汚染を防止したことにあるのであり、この点にこそ本願発明の独自で新規な構成があるものである。従来のプラズマCVD法においては、本願明細書において、「従来の如く同一反応炉で反応を行う場合、前の工程による反応壁に付着した導電型を決定する不純物の履歴の影響を、誘電エネルギを用いた気相法にあっては反応壁のスパッタ効果により特に受け易く、更に又繰り返し製造を行う場合特性劣化、信頼性欠如という問題が発生した」(前掲甲号証三頁一一行ないし一七行)と指摘しているような欠点があったのに対し、本願発明は、半導体装置の導電型やエネルギーバンド巾を左右する成分元素を変更するようなときに、精密な不純物制御を行い、前記の欠点を除去したものであり、本願発明のような半導体装置作製方法はなかったのである。

また、被告は、蒸着法あるいはスパッタリング法において連続多室方式を採用した場合に用いられている公知あるいは周知の隣室間雰囲気隔離手段を、単にプラズマCVD法に適用したにすぎないと主張するが、かかる見解は誤りである。すなわち、本願発明においては、主たる成分がSi1-xCxである半導体装置に対して、エネルギーバンド巾を決めるXの値や導電型を決める成分元素を変えるため、精密な不純物制御が達成されるのであるから、単に適用しただけではない。のみならず、本願発明の技術課題である不純物の混入ないし汚染防止の問題は、主たる成分がSi1-xCxである半導体装置の積層において、Xの変化でエネルギーバンド巾を変えたり、導電型を決める成分元素を変えたりするのに際して、反応室壁から発生した反応性気体や隣接反応室からの反応性気体の混入により、初めの層を構成すべき物質が次の層に混入して不純物となるという汚染問題は、PN接合形成時の局在密度と係わり合うほどに微量であり、右形成時の局在密度が高い蒸着法あるいはスパッタリング法においては生じない問題なのである。したがって、蒸着法あるいはスパッタリング法に関する引用例三、四からは、相違点に係る本願発明の構成は示唆されないのである。

さらに、被告は、半導体多層膜形成工程で雰囲気隔離手段付きの連続分離方式を採用することが周知である以上、連続分離方式の採用自体が困難であるとすることはできないと主張する。しかし、たとえ連続多室型の製造方式で隣室間の雰囲気隔離手段を設けることが周知となっていたとしても、本願発明に係るプラズマ気相反応に起因する汚染原因が解明されるまでは、プラズマCVD法による半導体装置の製作に連続多室型の製造方式を採用することに、当業者が容易に想到することはできない。かえって、プラズマCVD法では、反応性気体などの供給排出が弁操作によって簡単にできることから、多層膜形成を単一反応室で行うのであって、多室型にすると、配管システムや移動制御が冗長になるだけであると一般には考えられていたのであり、かかる状況を打破し得たのは、プラズマCVD法における前記のような汚染原因の解明ができたことによるのである。

被告は、良質の半導体装置を得るためには、高度の汚染防止が必要であることは、本願出願前に周知であったとするが、右のような一般的な要求事実から直ちに具体的な技術課題の解決が想到し得るものではないから、本願発明についての想到の困難性を右のような一般的な要求事実のみから判断することは誤りである。右要求事実を証するものとして被告が提出した乙第八号証も、汚染防止における高度の要求に応えることの困難性を示している。

被告は、真空排気手段を各室個別に設けることは、本願出願前における周知の事項であるなどと主張するが、右主張は失当である。すなわち、本願出願前の技術水準においては、CVD法による成膜を多室反応装置で行うことを示唆するものはなく、出願後に始めて本願と同様の連続分離プラズマ気相形成法の特許出願がされているのである。なお、被告援用に係る乙第二号証及び同第六ないし九号証記載の各技術内容が本願出願前周知であったことは認める。

第三  請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因に対する認否

請求の原因一ないし三は認めるが、同四は争う。

二  反論

審決の認定判断は以下に述べるように正当であり、審決に参加人主張の違法はない。

すなわち、審決は、本願発明における各室個別に用いられた真空排気手段を本願発明の要旨の一部と認定した上で、本願発明と引用発明一、二との相違点を指摘した中で「真空排気手段」、「反応性気体、導電型を決定する不純物を導入する手段」及び「反応性気体を励起する為の誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段」を列挙し、前記各引用例には、それらの手段を用いた半導体成膜方法の開示はあるものの、連続して配置された反応室のそれぞれに前記列挙された手段を設けることについては引用例一、二には記載がないことを述べているところである。

そして、相違点に関する判断の中で、プラズマCVD法による半導体多層膜形成工程に用いられる一連の技術手段を再度列挙し、それらの手段を各反応室に設けることは、隣接する反応室を遮断した状態で反応するものである以上、当然のことであるとの判断をしたものである。

審決の相違点に関する判断部分には「真空排気手段」について記載されていないが、前述したように、右手段を本願発明の要旨の一部として認定し、対比判断においてもこれを取り上げており、また、これを他の前記各手段と区別すべき理由もないことからみても、前記「真空排気手段」についての不記載は、単なる書き落としにすぎないものである。

引用例一、二に示されているように、プラズマCVD法により半導体膜形成を行うための反応室には、「反応性気体、導電型を決定する不純物を導入する手段」や「反応性気体を励起する為の誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段」と同様に「真空排気手段」が備わっていることが本来の姿なのであるから、右各引用例に、引用例三、四に示された遮断可能な連設反応室の技術思想を適用し、隣接反応室間を遮断してプラズマ気相成長反応を行わせるに際して、各反応室に真空排気手段が存在する配置を採ることは、当業者ならば何らの創意工夫を要することなくごく自然に思い至ることのできる事柄である。

そして、各室個別に真空排気手段を設けたことによる汚染防止の効果についても、隣室間を相互に遮断して成膜処理を行う場合の最も自然な配置に属する構成によって必然的に得られるものにすぎず、特別の工夫によって奏せられる格別の作用効果とはいえない。

このことは、以下に述べる本願出願時における周知の技術事項からみても明らかである。

まず、<1>複数の連設された反応室を用いて気相法(プラズマCVD法はその一種である。)により半導体多層膜を形成する場合には、隣室間の雰囲気の汚染を防止しなければ良質の膜が得られないこと、そして、その汚染防止のためには隣室間を遮断して雰囲気が混ざり合わないようにすれば良いこと(乙第二号証、特に三頁左下欄八行ないし一五行、四頁右上欄一三行ないし一六行、同第五号証、特に一頁右上欄三行ないし一〇行、三頁左上欄一五行ないし一九行)、また、このような汚染防止のレベルとしては高度のものが要求されること(乙第八号証、特に三欄三九行ないし四欄一九行)、次に、<2>スパッタリング法や真空蒸着法は、気相法と並んで、空中より成膜材料を着床させて成膜を行う型の技術として半導体膜形成に用いられている代表的技術であり(乙第二号証、特に三頁左下欄八行ないし一五行)、プラズマCVD法と同様に反応ガスを導入して成膜を行う場合を含んでいること(乙第七号証の二、五四〇頁本文一行ないし一六行、同第七号証の六、五五二頁本文一九行及び五五四頁本文下から六行ないし三行)、さらに、<3>連設した複数の処理室を設け、隣室間を遮断した状態でスパッタリング法や真空蒸着法により成膜を行う場合に、真空排気手段が各室個別に設けられることにより真空排気手段を介しての汚染防止が実現されている配置(乙第六号証、特に図及び四欄二行ないし一九行、乙第九号証、特に第四図と三頁左下欄二〇行ないし四頁左上欄六行)が、いずれも周知であり、この<1>ないし<3>の事実を総合すれば、連設された反応室を用いてプラズマCVD法のような気相法により良質の半導体多層膜を形成する為には隣接反応室の雰囲気を遮断して高度の汚染防止を図ることが必要であることは、本願出願前に、既に当業者にとっては当然のこととして知られていたのであり、また、反応ガスの使用を含めて気相法と極めて類似した技術であるスパッタリング法あるいは真空蒸着法による連続多室型の成膜工程において、本願発明と同じく、真空排気手段を介しての隣室間汚染経路をなくするため、真空排気手段を各室で兼用した場合に生じ得る汚染が事実上防止されている配置を採用することも良く知られていたのである。

以上の周知技術の状態を考慮に入れて本願発明をみると、本願発明の技術課題は、半導体装置を連続多量生産するとともに、各半導体層への不必要な不純物の混入を防止して、信頼性と特性の向上を図ることにある(乙第三号証二欄一七ないし二〇行目)ところ、プラズマCVD法による成膜工程に用いる反応室には不純物導入手段等と同様に真空排気手段が付設されているのが本来の姿であり、本願発明が隣接反応室間を遮断して気相反応を行わせるインライン式の工程を採用するものである以上、引用例一、二に同三、四に記載の考え方を適用するに際して、各反応室毎に真空排気手段を設ける構成が最も自然に思い至るものであることは既に述べたとおりであり、加えて反応ガスを導入する場合も想定されるインライン式の工程における真空排気手段の配置として、真空排気手段を各室個別に設けたものが本願出願前から周知な状態であり、連設された複数の反応室を用いて気相法により半導体成膜を行う場合には隣接反応室間を遮断して気相反応を行わせるインライン式の工程において各室個別に真空排気手段を設ける配置態様を採用してより高度の汚染防止を図ることが、当業者にとって特段の創意を要した事柄でないことは明白である。つまり、本願発明における「各室個別の真空排気手段」の構成は、引用例一、二の方法に、前記の本願発明の技術課題である生産性の向上の観点から採用された引用例三、四に記載の考え方を適用して、各室間に汚染防止の為の開閉手段を備えた連続多室方式という本願発明の骨格ともいうべき構成を定めた上で、右開閉手段と同じ汚染経路遮断による汚染防止という趣旨に沿って、「隣接処理室間を遮断した状態で成膜を行う工程であり、しかも反応ガスを導入する場合も想定されるインライン式の工程において真空排気系を介しての汚染を生じない真空排気手段の配置として周知であった技術手段」を単に付加して、隣接反応室間を遮断して気相反応を行わせるインライン式の工程における真空排気手段の配置として最も自然に思い至るものを採用したものに他ならないのである。

参加人は、プラズマCVD法に関する本願発明に技術分野を異にするスパッタリング法あるいは真空蒸着法に関する引用例三、四の技術を適用することはできないし、反応ガスの再活性化による汚染問題は本願発明に固有の問題であり、後者においては問題とならないから、後者の技術は本願発明における前記汚染の防止という課題の解決に示唆を与えるものではないと主張する。

しかし、スパッタリング法あるいは真空蒸着法で得られる半導体膜がプラズマCVD法に比べ良質でないとしても、前者の技術が後者の技術に適用できない理由とはならない。両者の半導体膜としての優劣の問題は成膜過程そのもののメカニズムの差に起因するもので、開閉手段や各室個別の真空排気手段による汚染防止の問題とは別個の問題であるからであり、右成膜としての優劣差の問題は、プラズマCVD法による工程を開示した引用例一、二を示すことにより解決済の問題である。次に、反応ガスの問題は、スパッタリング法、真空蒸着法においても問題となり得る(乙第七号証の二、五四〇頁一行ないし一五行、同号証の六、五五二頁一九行、五五四頁下から六行ないし三行)から、参加人主張は前提において誤りである。

また、参加人は、本願発明のような高度の汚染防止が求められるプラズマCVD法による半導体装置作製工程には、かかる程度の汚染防止が求められない引用例三、四の技術は適用できないと主張するが、本願発明には、特に高度のレベルの汚染防止を実現するための本願発明独自の汚染防止手段は存在せず、プラズマCVD法と同じく半導体被膜形成技術の一つである蒸着法あるいはスパッタリング法において連続多室方式を採用した場合に用いられている公知あるいは周知の隣室間雰囲気隔離手段を、単に連続多室式のプラズマCVD法による半導体装置作製工程に適用しただけのものであるから、汚染防止レベルの問題を強調してみても、それは本願発明固有の技術手段に裏付けられた主張であるとはいえない。高度の汚染防止を達成するための独自の構成なしに高度の汚染防止を本願発明の特有の作用効果として強調することには無理があるというべきである。

参加人は、PN接合形成時の局在状態密度の高低を問題とするが、連続多室型の気相法によるPN接合形成工程において、隣室間雰囲気の汚染防止のための雰囲気隔離手段を設けることが前記のとおり周知であり、しかも、このような汚染防止手段を適用することが、PN接合形成時の局在状態密度いかんによって困難になると当業者に思わしめる理由は見当たらないのであるから、PN接合形成時の局在状態密度の高低が連続多室型の半導体製作工程における隣室間汚染防止手段の適用困難性に特に影響を与えるとする参加人の主張には根拠がない。参加人が主張するように、PN接合形成時の局在状態密度が低いことによって、要求される汚染防止レベルが高くなるとすれば、連続多室型の気相法によるPN接合形成時において隣室間雰囲気の汚染防止のための雰囲気隔離手段を設けることが周知であるという技術状態に照らして、要求される汚染防止レベルが高ければそれだけ雰囲気隔離手段の必要性が高まりこそすれ、低くなることは考え難いのであるから、右汚染防止の必要性の高まりに鑑みて、引用例三、四に記載の汚染防止手段をプラズマCVD法による半導体装置作製工程に適用せんと想起することは、当業者にとってむしろ一段と容易となるものというべきである。

参加人は、連続分離方式によって製造されたアモルファスシリコンの品質の優位性を主張するが、プラズマCVD法の採用による特性向上については、引用例一、二に記載の方法により達成されており、連続分離方式による改善分は、引用例三、四あるいは前述した公知又は周知の連続分離方式が本来有していた隣室間雰囲気隔離による汚染防止効果が発揮されたというにすぎないのであるから、本願発明固有の構成に基づく独自の作用効果ではない。

参加人は、審決は、反応室の壁等に残留する反応生成物を汚染源とする汚染を回避するという技術課題を考慮していない点において、基本的誤りを犯すものであると主張するが、審決の「反応性気体の混入防止」には、参加人主張の右汚染問題も含まれているものと解すべきであるから、右主張も失当である。

第四  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

一  請求の原因一ないし三の各事実は当事者間に争いがなく、引用例一ないし四の記載内容、本願発明と引用例一、二との一致点及び相違点がいずれも審決摘示のとおりであることも原告の認めるところである。

二  本願発明の概要

成立に争いのない乙第三号証(本願発明に係る出願公告公報)によれば、以下の事実が認められ、他にこれを左右する証拠はない。

本願発明は、誘導エネルギーを用いた気相法により炭化珪素被膜を基板上に連続的に積層する方法による半導体装置の製造方法に関するものであり、その目的は、半導体装置を連続して多量生産するとともに、各半導体層に不必要な不純物の混入を防止し、半導体の信頼性及び特性の向上を図ることにある(同号証二欄七行ないし二〇行)。水素又は塩素を含有した炭化珪素又は珪素のP、Ⅰ又はN型の導電型を有する半導体被膜の層を連続して形成して、多層化し、かつ、Si1-xCx(0≦X<1)のXの値によって定められたエネルギーバンド巾を有せしめて基板上に積層形成させる場合、従来のように、同一反応炉を使用して層形成反応を行う場合には、誘導エネルギーを用いた気相法にあっては、反応壁のスパッタ効果により、前の反応工程において反応壁に付着した導電型を決定する不純物の履歴の影響、すなわち、前の反応工程で生まれ、かつ、反応容器の内壁面に付着した反応生成物か、次の工程におけるプラズマ反応により再び飛しょうし、形成中の次の被膜内に混入するという影響を特に受け易く、このため、繰り返し製造を行う場合、半導体の特性劣化、信頼性欠如という問題を生じていた(同号証二欄二一行ないし三欄六行)。

本願発明においては、前記本願発明の要旨記載の構成を採用したことにより、半導体装置を連続して多量生産することが可能となると同時に、反応容器の独立化により、前記のような反応容器壁面からの再飛しょうによる汚染問題を生ぜず、このため、PN接合、PIN接合の接合面における汚染の発生を防止し得る結果、右接合面を明確にすることが可能となり、半導体装置の品質及び特性の向上を図ることが可能となったものである(同号証二欄一〇行ないし二〇行)。

三  取消事由について

参加人は、審決の相違点に関する認定判断は誤りであるとして多岐にわたる主張をするが、その中核となる主張は、本願発明に係るプラズマ気相反応に特有の汚染原因、すなわち、主たる成分がSi1-xCxである半導体の積層において、Xの変化でエネルギーバンド巾を変えたり、導電型を決める成分元素を変えたりする際に、反応室壁から発生した反応性気体や隣接反応室からの反応性気体が混入して不純物になるというプラズマ気相反応に特有の汚染原因が解明されるまでは、プラズマCVD法では、反応性気体などの供給排出が弁操作によって簡単にできることから、多層膜形成を単一反応室で行うのが従来の方法であって、本願発明のような多室型の構成の採用に対しては、配管システムや半導体の移動制御が冗長になるだけであるとして、一般には否定的に考えられていたのであり、かかる技術状況を打破し得たのは、本願発明において、プラズマCVD法に特有の前記のような汚染原因を解明し得たことによるものであるとして、かかる汚染原因の解明なくしてプラズマCVD法による半導体装置の製作に連続多室型の製造方式を採用することを当業者が容易に想到することはできない、とする点にある。

1  そこで、参加人の主張について検討する前に、まず、本願出願前における本願発明ないしこれに隣接する技術分野における周知技術の状況についてみる。

まず、成立に争いのない乙第二号証(特開昭五一-一四一五八七号公報)には、高生産性で、大規模生産に適合する太陽電池装置の製造方法についての発明に関し、八つの隣接する部所(工程)を具えた製造装置が開示されており、右装置においては、第二の部所で基体上に適宜の導電型(N型又はP型)と濃度を有する不純物を含んだ珪素の半導体層を形成する方法として、CVD法、電子ビーム真空蒸着法、イオンスパッタリング法などが用いられること(三頁右上欄一五行ないし左下欄一五行)、及び、異なる部所(工程)の間には汚染を防ぐための隔離装置が設けられているため、生産物は完成するまでは、閉じられた体系の外の環境にさらされることがないことから、外からの汚れの侵入等が最少に保たれること(四頁右上欄一三行ないし二〇行)が記載されている。また、成立に争いのない乙第八号証(特公昭四九-一六二二一号公報)には、連続多段処理方式で半導体を製造する技術の問題点に関し、「半導体のための連続的処理装置の開発に於ける困難な問題は、処理雰囲気の希釈、好ましくない不純物の混入、又は化学組成の変化を生じ得る他の不適合なガスの侵入又は注入による雰囲気の質の低下を防ぐことによりその完全性が維持されなければならない明確な雰囲気を用いることを必要とする操作に於いて更に重大となる。・・・(半導体素子の連続多段処理)用システムにおいては処理雰囲気の汚染はppmのオーダであつても半導体素子の完全性に重大な影響を有しうるから、かような処理用雰囲気を汚染性の両立不能な不純物から隔離して置くことはますます重要となり、したがつて、連続システムの逐次処理用段と段との間の雰囲気の浸透または相互移動の排除、少なくとも実質的最小化を必要とすることは容易に理解することができる。」との記載(二頁左欄下から六行ないし右欄二〇行)があることが認められ、他にこれを左右する証拠はない。

これらの記載によれば、本願出願前において、太陽電池用の半導体装置の製造装置において、生産の多量化、高能率化の観点からは、反応室を連設した連続処理方式の採用が適していること、かかる方式による場合の半導体素子の導電型を決定する不純物の積層工程にCVD法を採用した例が開示されており、CVD法を採用した右装置において、汚染防止のために処理用雰囲気の異なる部所(工程)に隔離手段を設けた装置例が示されていること、並びに、連続処理方式で半導体装置を製造する場合、処理用雰囲気の汚染は極めて僅かなものであっても半導体素子の完全性に重大な影響を及ぼすため、処理用雰囲気の汚染を可能な限り防止することが極めて重要な課題であるとの認識が指摘されていたもので、これらは周知の技術的事項であったということができる。

なお、参加人は、前掲乙第二号証に関し、右乙号証記載のCVD法による成膜は一室のみで行われているから、右記載からCVD法による多室反応装置は示唆されないと主張する。確かに右乙号証の記載は参加人指摘のとおりであるが、CVD法による多室反応装置の構成は、審決において相違点として取り上げられ、この相違点に関する示唆は引用例三、四から得られるものと認定判断していることは前記審決の理由の要点に照らして明らかであり、その当否は後述するとおりであるから、この点に関する参加人の主張は、失当であり、採用できない。

次に、半導体における成膜技術についてみると、成立に争いのない乙第七号証(昭和五一年一一月三〇日日刊工業新聞社発行、社団法人金属表面技術協会編「金属表面技術便覧」改訂新版)には、半導体製造に利用される薄膜生成技術として、真空蒸着(高真空雰囲気内で金属・絶縁物などを加熱蒸発させ、その蒸発分子を基板面に凝固させる方法で、物理的手法である。)、スパッタリング(陰極スパッタリングは不活性雰囲気内、主にアルゴンを槽内に流し、〇・〇〇一ないし〇・一トールの圧力に保ち、電極間に数千ボルトの高電圧を印加してグロー放電を起こさせ、不活性イオンをターゲットに加速衝突させ、その運動量変換でターゲット物質が飛散し基板面に到達凝固するもので、気体イオンを利用した電気的手法である。)、イオンプレーティング(イオン化静電メッキともいい、蒸着とスパッタリングを組み合わせたような型で、スパッタリングと同様にアルゴン雰囲気で行う。負の高電圧を基板側にかけ、その周囲にグロー放電を発生させ、そこを通過する蒸発分子又は原子をイオン化及び励起させ、基板面に到達凝固するが、その膜はアルゴンイオンでわずかスパッタリングされながら形成されて行く。)並びに気相成長(ガス状物質の化学反態(熱分解、化学合成など)によって固体状物質が基板上に堆積するもので、化学的手法である。)の四つの方法が示されており(五三九頁下から七行ないし五四〇頁八行)、これらの方法は用途によって適宜選択されるものであること、気相法以外の前記三つの方法においても反応性ガスを導入することにより窒化膜、炭化膜等を形成することが可能であり(五四〇頁一五、一六行)、真空蒸着において反応ガスを蒸着槽内に導入し、反応蒸着を行う場合には、残留ガスの影響をなくするため、一度、高真空度に排気した後、ガスの導入を行う旨(五五二頁一九行ないし二六行)の各記載があることが認められ、他にこれを左右する証拠はない(乙第二号証、同第八号証及び同第七号証に記載の各技術が本願出願前周知であったことは当事者間に争いがない。)。

これらの記載によれば、以上の四つの方法は半導体装置の製造工程における代表的な成膜技術であり(参加人は、この点につき、成立に争いのない甲第二七号証の一ないし四(平成二年三月二〇日社団法人発明協会発行、特許庁編「IPC特許・実用新案国際特許分類表」)には、「真空蒸着、スパッタリング」と「化学蒸着(CVD)」とが区別して分類されているから技術分野が異なると主張するところ、確かに、右甲号証には参加人主張のように前記各技術が区別して分類されていることが認められるが、右甲号証の記載のみからは、右分類の相違が、半導体装置の製造分野全体からみて、いかなる程度の技術的意義を有するのか明らかではなく、したがって、かかる分類のみをもって、前記の具体的技術内容に立脚した認定判断を左右することは到底できない。)、また、気相法以外の方法においても反応ガスを使用する場合があり、この場合における残留ガスの汚染防止が問題とされていたことは、本願出願前における周知の技術的事項であったものということができる。

さらに、成立に争いのない乙第六号証(米国特許第三九六八〇一八号明細書、一九七六年七月六日)によれば、剃刀の刃のアレイに対するスパッタリング法による成膜処理において、連設した各成膜室に独立した真空排気手段が設けられた例が示され、また、同乙第九号証(特開昭五三-八五一五三号公報)によれば、シャドウマスク型カラー受像管のフェースパネル内面のけい光体層上に光反射性金属膜及び熱吸収性物質膜を蒸着形成するに当たり、真空排気手段を備えた蒸着を行う形成室を連続して設けた例が示されていることが認められるところである(乙第六号証及び同第九号証記載の各技術が本願出願前周知であったことは当事者間に争いがない。)。

そこで、以上認定の本願出願前における周知の技術事項を前提として、前記相違点についての審決の認定判断の当否を検討する。

まず、蒸着法及びスパッタリング法に関する引用例三、四は、前述したところから明らかなように、半導体装置等の製造に適用される成膜技術として本願発明と同一の技術分野に属するものということができるから、右各引用例に開示されている技術内容を本願発明に適用することは可能というべきである。そして、成立に争いのない甲第六号証によれば、右各引用例は従来のバッチ方式での処理を多大の設備費をかけることなく連続方式に近い方式で行うことができるようにした生産性に優れた真空装置における試料搬送装置を提供するものであることが認められ、また、前記当事者間に争いのない右各引用例の記載によれば、右各引用例においては、基板の移送方向に従って基板の取入室、少なくとも二つ以上の反応室及び基板の取出室を設けること、並びに連続配置された反応室中に基板を通して、それぞれの反応室内で、隣接反応室間を遮断した状態で固有の被膜の作製を行うことが開示されているのであるから、半導体製造の多量化、高生産性の観点からみて、前記相違点に係る連続多室方式の採用が容易に想到可能であるとした審決の認定判断に誤りがあるとはいえない。

もっとも、審決は、相違点に関する判断において、本願発明の各反応室に設置された真空排気手段の点については明示的に言及していないが、審決は、真空排気手段の設置それ自体については本願発明と引用発明一、二との一致点と認定判断した上で、本願発明において、真空排気手段を連設した各反応室毎に設けた点を相違点と明確に摘示した上、相違点に関する判断において「それぞれの反応室内で、隣接反応室間を遮断した状態で固有の被膜の作製を行」うと認定判断していること、並びに、審決が明示的に取り上げているところの各反応室に反応性気体、導電型を決定する不純物の導入手段及び反応性気体を励起するための誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段と真空排気手段とを殊更区別して扱わなければならない理由が見出し難いことなどからすると、審決にこの点についての明示的記載がないとはいえ、各反応室毎に真空排気手段を設置することも含めて(なお、前記のように引用例一、二の単一反応室に真空排気手段が存することからすると、反応室を連設する場合、真空排気手段も各反応室毎に設けることを着想することは、何ら格別の創意を要しない極めて自然な思考過程であるから、これが想到容易であることは明らかである。)、審決は、相違点についての本願発明の構成を想到することは当業者にとって容易であると判断したものと解するのが相当である。

2  進んで、参加人の、本願発明の相違点に関する構成は、気相法における半導体製造工程における汚染原因の究明なくして想到することは困難であるとの前記主張ついて検討する。

確かに、参加人主張のように、本願出願前に、CVD法による半導体装置の製造技術において、参加人主張のような汚染の機序が解明されていたことを示す証拠はない。

しかしながら、かかる汚染機序の解明とはかかわりなく、前項に認定したように、本願出願前に、真空蒸着法やスパッタリング法においては、高生産性、かつ、大規模生産の観点(本願発明もかかる観点を発明の一つの目的としていることは既に認定したとおりである。)から、反応室を連設する製造方式が周知となっており、そして、反応室を連設する場合においては、各反応室の処理雰囲気の汚染を可能な限り防止することが極めて重要な課題と認識されており、その手段として、各反応室間に隔離手段を設けることが示されていたこと、そして、これらの成膜技術と気相法とが同一の技術分野に属していることは前述のとおりであり、さらに、蒸着法やスパッタリング法においても、気相法のように、反応性ガスを導入して成膜を行う場合には、残留ガスによる汚染の影響が問題とされていたこと等が既に周知の技術的事項として明らかにされていたことなどからすると、前者における反応室を連設する製造方式及びそこにおける汚染防止手段が後者の製造方式に示唆を与えることは十分に可能というべきであり、これに基づいて相違点に関する本願発明の構成を想到することが容易であることは、既に認定したとおりである。

参加人は、その主張するような汚染原因、すなわち、主たる成分がSi1-xCxである半導体の積層において、Xの変化でエネルギーバンド巾を変えたり、導電型を決める成分元素を変えたりするのに際して、反応室壁から発生した反応性気体や隣接反応室よりの反応性気体の混入による、初めの層を構成すべき物質が次の層に混入して不純物となるという汚染の機序が解明されなければ、想到し得ないと主張するが、かかる汚染原因の解明とは係わりなく、多量生産の観点から、反応室を連設する方法及び各反応室毎の独立した真空排気手段等の汚染防止手段を想到することは可能であり、この場合に、汚染防止の観点から、各反応室を隔離する方法を採ることが要請されることは前記のとおりであるから、本願発明の相違点に関する構成は、参加人主張の汚染原因の解明の有無がなくても可能というべきである。

そして、参加人がその主張に係るプラズマCVD法による半導体層の積層過程における右汚染原因ないしは汚染機序を解明したことは、右汚染防止手段の技術的な意義ないしはその有効性を確認したという意義はあったとしても、右解明に基づき従来技術にみられない全く新規な構成が採択されたものではなく、前述したように、この点が解明されなければ、前記相違点の構成を想到し得ないといったものではないというべきであるから、この点に関する参加人の主張は採用できない。

参加人は、プラズマCVD法では、反応性気体などの供給排出が弁操作によって簡単にできることから、多層膜形成を単一反応室で行うのであって、多室型にすると、配管システムや移動制御が冗長になるだけであると一般には考えられていたのであり、かかる状況を打破し得たのは、プラズマCVD法における前記のような汚染原因の解明ができたことによると主張するので、以下この点について検討するに、既に本願出願前において、生産効率向上等の観点から、蒸着法、スパッタリング法において連続多室方式の採用が隔離手段の重要性と共に開示されており、これらの開示された技術内容から同一の技術分野のCVD法においても生産効率の向上等の観点から示唆を受け得ることは前項に認定したとおりであるから、参加人の右主張は、本願発明においても発明の一つの目的であるところの多量生産の要請を全く考慮せず、専ら汚染防止の観点のみ強調する点において、その前提を異にするものであって、採用し難い。

参加人は、本願発明の技術課題である不純物の混入ないし汚染防止の問題は、PN接合形成時の局在密度と係わり合うほどに微量であり、右形成時の局在密度が高い蒸着法あるいはスパッタリング法においては生じない問題であるとし、蒸着法あるいはスパッタリング法に関する引用例三、四からは、相違点に係る本願発明の構成は示唆されないと主張する。

しかしながら、本願発明のプラズマCVD法と蒸着法あるいはスパッタリング法はいずれも半導体装置の製造に係る成膜技術として同一の技術分野に属するものであることは前述のとおりであり、後者の方法においても気相法と同様に反応ガスを使用する場合には、残留ガスによる汚染の影響が問題とされていたことも既に説示したとおりであるから、後者に関する成膜技術が、本願発明の方法に適用できないとする理由は見出し難い。参加人は、蒸着法、スパッタリング法、気相法等の各種成膜技術においては、それぞれ問題となる汚染濃度レベルが相違するから、蒸着法、スパッタリング法に関する技術を気相法に適用できないと主張するが、右の各成膜技術がそれぞれ固有の汚染濃度レベルを有する点は、それぞれの成膜技術に固有の成膜プロセス自体に起因して生ずる差異であり、審決が本願発明と同一の気相法による引用例一、二を示し、右成膜技術において一致するとしている点において、既にこの点は評価済みであり、また、各種成膜技術間に問題となる汚染濃度レベルの差異があるからといって、本願発明と技術分野を同じくする引用例三、四から相違点に関する本願発明の構成を想到することを困難ならしめるものとはいい難いから、この点に関する参加人の主張も失当である。

3  参加人は、前記相違点に関する構成を想到することが困難であったことの証拠として、本願出願後における同種技術の開発ないし出願状況を証するものとして甲第九号証、同第二三号証ないし第二六号証及び同第二八号証を援用するところ、これらによれば、太陽電池用のアモルフアスシリコンの製造は、反応室を分離した本願発明のような方法が採用される以前においては、単一の反応室で行われていたこと、この方法では、前の反応過程で使用された反応ガスの残留物が次の反応過程において混入して汚染源となり、高品質のアモルフアスシリコンを得ることはできないこと、本願の出願後においても、本願と同種の連続分離方式を採用した半導体の製造装置の特許出願がされていることの各事実が認められるところである。

しかし、プラズマCVD法における汚染問題の解明に困難性があったととしても、この問題が相違点に関する本願発明の構成の想到容易性を直ちに否定するものでないことは、既に説示したとおりであるから、前記の認定判断を左右するには足りないものというべきである。

また、参加人は、甲第一〇号証、同第二一号証、同第二四号証及び同第二八号証等を援用して、本願発明のような連続分離方式を採用したことによりアモルフアスシリコンの品質が従来の単一反応室で製造されたものよりも再現性の優れた高品質のものが得られるようになったとして、本願発明における相違点に関する構成の採用は画期的なものであったと主張する。確かに右各甲号証によれば、参加人主張のかかる優れた効果は、連続分離方式の採用によるCVD法固有の汚染原因の除去が一つの有力な原因を成していることが認められるところである。

しかし、前記のように、参加人主張の汚染原因の解明なくしても、本願発明の相違点に関する構成を想到することが容易であり、右汚染原因の解明に基づく何らの新たな構成を付加するものではなく、かかる効果は右の容易に想到し得る構成からも生ずるものである以上、これを汚染原因の解明による格別の効果ということはできず、したがって、参加人の、この点に関する主張も採用できない。

4  そうすると、相違点に関する審決の認定判断は正当というべきであって、審決に参加人主張の違法はない。

四  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面(一)

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別紙図面(二)

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別紙図面(三)

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別紙図面(四)

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